深澤辰哉は誰よりも「アイドル」だと思う
※このブログは個人的な推測と趣味なので、ご了承の上お進みください。オチはありません。
このブログ、めちゃくちゃ長い。
てか愛が重い。
重すぎて何言ってるか分からないところが沢山あると思う。
でも仕方ない。
俺ら夫婦にとって、佐久間くんがSnow Manを知るきっかけだとしたら、深澤くんはSnow Manって「アイドル」のファンになったきっかけだ。 いわば俺ら夫婦とSnow Manの馴れ初めみたいなものだ。 そりゃ長くなるし、愛が重くなる。
読んでくれる人には申し訳ないけど、俺のためにこの記事を書いた。
ふっかさんのことだけは長くなっても、文字で残しておきたかったから。
あと途中でふっかさんのダンスの素晴らしさを伝えるために、技術的に良くない点を挙げてるけど、アンチじゃないことだけは伝わるといいなと思います。
ちなみに嫁ちゃんと佐久間くんとの出会いはこちらから。
深澤くんとPPP
PPPは,、それぞれがどう踊りたいのかがよく伝わってくる。
それぞれの好きな音楽やジャンル、何を大切にしたいのかが見ていて分かりやすい。
方法は違えど、5人は「ダンス」で何かを伝えようとしてきた。
でもふっかさんは「ダンス」でというより、「深澤辰哉」で何かを伝えようとしている感じがした。
極端なことを言うと、身体が無くてもいいような感じがした。
この、♪染まるまで~ の回るところ。
このシーン、嫁ちゃん的には
膝・腰・肩甲骨・肩・首、全てが軸からズレてるらしい。
しかもオフバランスであえてずらしてる感じではなく、ただ単純にズレてる。
特に腕は、両腕を身体より後ろに持っていくと制御ができなくなるし、肩甲骨が狭まって肩が上がり、汚く見えやすいので、基本的にやらないほうがいい。
嫁ちゃんが先生で、深澤くんが生徒(子供)だったら「この身体の使い方してると腰や膝を痛めるのでは…?」と注意してしまうらしい。
こんな大変な動き方をしなくても、もっと簡単に表現できる方法はあると言いたくなっちゃう。
でも深澤くんのダンスに魅力が無いか?と問われると、とても魅力を感じる。
スキル的なことにより、
腕を後ろに広げて、胸を前に突き出して、顎を上げて、腰を突き出して、膝を曲げて、重心を下げて、その形から人柄や歴史が伝わり、物凄く深澤くんの魅力を感じる。
嫁ちゃんがもし指導者として深澤くんみたいな人に指導するとしたら 「一体この人の何を直したらいいんだろう」と、絶望のような感情を抱いたらしい。
技術があると、より表現したいことがお客さんに伝わりやすくなる。
怪我もしにくくなる。
自分が伝えたいことが表現できるように、身体の柔軟性や技術は身に着けるべきだと思う。 子供の生徒に対しては徹底的に基礎を叩き込むし、表現を優先して間違った身体の使い方をしていたら普通に叱る。
でもそのスキルは「表現」をするためにあるのであって、雑技団みたいに技術を披露するためにあるわけじゃない。 極端な話、お客さんに伝えることができるならば、スキルなんて必要ないと思っている。
深澤くんは自身の「表現するもの」を持っている。
確実に持っている。
もしこの動きを技術的に直してしまったら「深澤辰哉」というものはお客さんに伝わるのだろうか。
この絶妙なズレには、深澤くんの歴史が詰まっている。
試行錯誤したり、後ろ向きになったり、全力で向き合ったり、サボったり。
直してしまったら深澤くんの歴史が無くなってしまうような、魅力が無くなってしまうような感じがした。
このターンはあまり正しくないし、身体にも良くない。
でもこのターンはとても魅力的だ。
彼にしか踊れない唯一無二のターンだ。
このシーンを見て、正義と正義のぶつかり合いのような、ルールと倫理に挟まれたような、本当に絶望のような感覚に陥ったと言っていた。
深澤くんのダンスは途切れる
深澤くんのダンスは、世界観が途切れることがある。
(あくまで嫁ちゃんの感じ方だからね!!)
失敗したとか、集中してないとかじゃない。
音は聞いているんだけど、音楽から離れて、ただ自分の出番を待っているような感じ。
説明が難しいけど「ただそこに立っているだけ」のような時が多々ある。
深澤くんを見ていると、
雨宿りしている人を遠くから盗み見ているような、
誰かに片想いしている横顔を盗み見ているような、
今自分のいる世界とは違う世界にいるような。
音楽を聴きながらバスを待つ横顔のような、そんな感じ。
別の世界にいて、この場所にはただ立っているだけのような表情をする。
ダンサーだったら、音楽の世界観から離れることは絶対ダメだ。
技術的な失敗は許されることも多いが、世界観が途切れることは絶対に許されない。
でも深澤くんの世界観が途切れる瞬間は、純粋に「綺麗だなぁ」って思う。
特に顕著なのがこのシーン。
深澤くんが後ろで下を向いて止まっているシーンだ。
今見ても、俺からしたら「綺麗な横顔~」って感じだ。
当時はファンですらなかったので「茶髪~」ぐらいの感想しかない。
妻はこのシーンを何回も、何回も見ていた。
「え、こういう顔の男性がタイプ?」 と、妻がジャニーズに恋愛的な意味でハマってしまったのではないかとこっそりと焦っていた。
内心ビクビクしながら「どうしたの?」と声をかけると 、少し考えこんだ後 「ねぇ、この人綺麗だよね?」と聞いてきた。
まって、どう答えるのが正解!?
嫁ちゃんの方が綺麗だよ、とか?
質問の真意はなに!?
と言葉に詰まっていると
「この人、めちゃくちゃ左向いてるよね・・・。」
と話し始めた。
どういう意味なんだろうと思いながら嫁ちゃんの表情を伺うと、ちょっと涙ぐんでいた。(めちゃくちゃ左向いてるってなんだ??? 左向きすぎてもはや右向きってこと??? )
このシーン、しっかり音楽を聴いているのに
急にD.D.の世界観から、ただ熱く透き通った深澤辰哉に戻っている感じがするらしい。
これが佐久間くんだったら絶対に世界観から出てこない。動きのあるなしに関わらず、止まっていても世界観が途切れない。
それが正しいはずなのに、このシーンの深澤くんは何度も見返してしまうほど魅力的だった。
ただただ綺麗だった。
涙が出そうなくらい魅力的だった。
深澤くんは世界観にすぐ入れる
深澤くんの世界観は、接続が切るような、スリープモードに入るような途切れ方をするように感じる。1曲のうち何回も途切れるし、何回も戻ってくる。
途切れているときも美しいけど、戻ってくるときもハッとする。
あと世界観へのアプローチが他の人よりシンプルでストレートだ。 急に瞳を見つめられたような、そんな踊り方をすることがある。 まるで好きな人を見つめているような、俺はここにいるよ、という表情をすることがある。
KISSIN' MY LIPSのマルチアングルで
最初のサビ 2回目の手鏡見る振り付けから ♪Can't get enough のところとか、世界観にぐっと入り込むような表情が見える。
2番のサビ前 ♪Come with me~ とハモるところ。急に岩本くんの後ろから現れたように感じる。これもまた世界観にぐっと入ってきたような感じがする。(これはDVDのマルチアングル見てね)
2番の ♪Can't get enough も良い。
このCan't get enoughは深澤くんのためにあるんじゃないかと思うほど素敵だ。
君の彼氏になりたいの ♪あぁ~余韻が冷めない のところも、他の人とほんの少し違う。 前に出てきたっていうより、世界観に接続されたような感じがする。
自分のパートが来るまでの待ち方とかが、他の人とは違うように感じる。 バスを待つように、自分のパートを待っているような感じ。
ちょっと話がそれるんだが、ダンサーや俳優、歌手などで「世界観に入り込んでなかなか出てこられない」って人は一定数いるらしい。
嫁ちゃんは完全にそれで、ストーリー性のある踊りや舞台に出演すると、怖いくらい役に入り込んでしまう。 特に1つの舞台で複数の役を任された時なんかは、音楽を聴いたりして必死に気持ちを切り替えているらしい。
だからアイドルのライブみたいに、世界観の強い楽曲の後に、違う世界観の楽曲を持ってこられると上手く対応できないと言っていた。
『役を演じたうえで「世界観」の中に入る』という、二重の演技をする以外は踊れないと言っていた。
だから深澤くんの踊り方を見て、びっくりしていた。
世界観に自由に出入りしている。
しかもアイドル役を演じておらず、深澤辰哉そのままでパフォーマンスをしている。
この人はダンスが上手に踊れるだけで、本当にアイドルなんだなぁって思った。
アイドルという象徴
そもそもアイドルって何だろうって思った。
「アイドル」という言葉を辞書で引くと『偶像』と記載されていた。
「アイドル」は「シンボル」とニュアンスが近いと聞いたことがある。
アイドルは『偶像・盲信の対象とされるもの・憧れの対象者』
シンボルは『象徴・別の物を指示する目印・関わりのない具体的なものと抽象的なものを関連付ける作用。(例えば白色が純潔を表す、とか)』
辞書を引いてみて 、深澤くんのダンスは『アイドル(偶像)』で、Snow Manの『シンボル(象徴)』だと思った。
深澤くんのダンスは偶像だ。
「Snow Man」や「深澤辰哉」という形のない存在・概念を、見ている人に分かりやすくするための入れ物だ。
「Snow Man」や「深澤辰哉」の歴史や空気感は見えないけど、深澤くんのダンスは見える。
ただ踊っているだけなんだけど、ダンスを通して「深澤辰哉」の歴史や空気感を感じることができる。
ダンスや歌自体を見たいんじゃない。
ダンスや歌を通して「深澤辰哉」が見たいと思わせてくれる。
同じ踊り方をする人がいても「深澤辰哉」じゃないとだめだ。
全然意味が違う。
逆に今と違う踊り方をしててもいい。
「深澤辰哉」が試行錯誤してたどり着いた踊りなら、どんな踊りでも、何度だって好きになるだろう。
深澤くんのダンスは、そういう視点だと誰よりもアイドルらしいダンスだ。
彼じゃなきゃダメで、周りからすると盲目に見えるような感情をこちらにもたらす。
深澤くんのダンスはSnow Manの象徴でもある。
「深澤辰哉」の歴史や葛藤は彼だけのものなのに、まるでSnow Manというグループ全体の悩みや葛藤を見せてもらっているような感覚に陥る。 この感覚は他メンバーの踊りを見てもあまり感じない。深澤くんのダンスが1番Snow Manの象徴のように感じる。
色々好き勝手書いてきたけど、きっと本人の踊っている感覚と、見ている人の受け取り方にはかなり差があると思う。 それもまた彼のアイドルらしいポイントだなぁと、勝手に思っている。
深澤くんが「アイドル」だったからファンになった
深澤くんのダンスから伝わってきた歴史に嫁ちゃんが引っかかって、
俺が気になってSnow Manをしっかりと調べ始めた。
特にこの方のブログを読んで、当時めちゃくちゃ泣いた。
下積みが長いと言われるSnow Manでさえ、選ばれ続けた人たちなんだと知った。
それぞれが複雑な思いを抱えていて、一生懸命1つのグループになろうと努力しているんだと思った。
俺はジャニーズに全く興味がなかったし、歌もダンスもちんぷんかんぷんだった。
そもそもアイドルというコンテンツの楽しみ方が全然分からなかった。
そんな俺でも、この9人を応援したいなと思った。
何をしたらいいのか分からないけれど、漠然と応援したいと強く思った。
(ちなみにこの1か月後、俺はコロっと宮舘くんの沼に落ちます)
嫁ちゃんはいい意味で「アイドル」というダンスのジャンルを見るようになった。
ただダンスを見るというよりも、メンバー自身が表現したいことを理解しようと見る楽しみ方ができたと言っている。
深澤くんがいなかったら、俺ら夫婦はSnow Manというアイドルのファンになっていなかったかもしれない。 ダンスの上手いジャニーズって印象を持つだけで、9人全員に目を向けてすらいなかったかもしれない。
このブログを読んでくれている人からしたら 、
深澤くんがアイドルらしいってことが一体何なんだって感じだと思う。
ただ嫁ちゃんがそう思っただけ、それだけの話だ。
何かオチがあるわけじゃない。
ただ深澤辰哉というアイドルが人の心を動かしたってだけの話だ。
本当にそれだけで、俺にとっては尊い大切な思い出だ。
深澤くんがSnow Manでいてくれたこと、表舞台に立ち続けてくれたことを本当に嬉しく思う。
これから先、深澤くんが何かを変えても、このままでも、何をしても彼が悩んで選んだのであれば、それだけで俺にとっては意味がある。
盲目なファンに見えるかもしれないけれど、深澤くんは誰よりも「アイドル」だから仕方ない。アイドルは『盲信の対象とされるもの・憧れの対象者』なのだから。
これからもずっとずっと、深澤くんはアイドルでいてほしいと願うばかりだ。
おしまい
●蛇足
嫁ちゃんはパフォーマンス以外あまり見ないので、ふっかさんが3枚目キャラということ最近知った。 (そして、そのことをすぐ忘れて何度も三枚目キャラに驚いている。)
「え、この人2枚目じゃないの?運動神経がよくて、調子に乗ったり、ちゃんとサボったりもできそうで普通にモテそう。しかも最後はちゃんと戻ってくるから、ガチでモテそう。何も考えず動けて、感覚が優れてるし、色々な事がナチュラルにできるから惹きつけられるでしょ。モテそうじゃん。私こういう人好きよ、コロっといっちゃいそう。なんで3枚目???」
おい深澤!!!!!!!!!!!!!!!
嫁ちゃんにモテてんじゃねぇ!!!!!!!!!!
内心めちゃくちゃ嫉妬したけど、それは置いておいて。
最終的に嫁ちゃんは
「ふっかさんがモテそうでかっこいいのは、見ようとすればすぐ分かるから、よく見てくれる人にだけ伝わる方がいいのかもね。前面に出して関係ない人に叩かれたら勿体ないもん。本当の武器は最後までしまっておいて、近づいてきたらグサッとその魅力でメッタ刺しのするのがいいかもね。」
と話し出して、なんか絶句してしまった。 嫁ちゃんのプロデュース能力というか、なんていうか。とにかくすげぇなと思った。
前に素顔4を見たときも
「『君が思い出す僕は君を愛しているだろうか』は、ジャニーズでいるために恋を諦めた人に歌ってほしいから、私の中ではSnow Manだとふっかさん一択なんだよね~」とおせんべいを食べながら軽率に言ってきて、俺はなんだか心臓がバクバクしたことを覚えている。めちゃくちゃ見たいと思った。いつかやってくれと、こっそり願っている。
蛇足もおしまい。